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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(あ)3906号 判決 1958年5月20日

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人竹腰武の上告趣意第一点冒頭及び(一)、(三)について。

犯罪の経緯、動機を記載した起訴状は刑訴二五六条六項の規定に違反しないこと当裁判所の判例とするところである(昭和二六年(あ)一〇三五号同二七年六月一二日第一小法廷決定)。本件起訴状中公訴事実の冒頭に論旨引用のとおり記載があること所論のとおりであるが、右は、要するに被告人の学歴、経歴、住居及び終戦引揚後定業に就いていなかった事実の記載に過ぎず、公訴犯罪事実について裁判官に予断を生ぜしめる虞のある事項の記載というに足りない。されば本件起訴状に右の記載があるからといってそれが刑訴二五六条六項に違反するものであるということはできない。右刑訴法違反を前提とする違憲の論旨は前提を欠き採用できない。

同弁護人の上告趣意第一点(二)、(三)並びに被告人の上告趣意について。

起訴状に記載された事実がその訴因を明示するため犯罪構成要件にあたる事実若しくはこれと密接不可分の事実であって被告人の行為が罪名として記載された罰条にあたる所以を明らかにするため必要であるときはその記載は刑訴二五六条六項に違反しないこと当裁判所の判例とするところである(昭和二五年(あ)九九二号同二六年四月一〇日第三小法廷判決、集五巻五号八四二頁)。記録によると、本件起訴状(罪名は恐喝)には公訴事実第二(一)の記載として、「被告人玉上勝則は安藤泰三と共謀の上元川茂等から金円を不法に領得せんことを企て、被告人勝則に於て、昭和二三年一二月三一日炭酸紙及び骨筆を使用し和罫紙三枚に元川茂宛「拝啓貴下が比木正勝に対し従来莫大なる数量の生糸の売買を為し本年下半期のみにても八百数十貫其の価格壱千万円に及び就中弐拾壱中の如き入手困難なるものもあり之等に関し各種脱税に対する第三者申告の対称たるのみならず近日中宇和島市に於て発行の予定なる新日本建設新聞の創刊号に所謂特種としての価値を発揮する次第なる処本件事案の重大性と業界に及ぼす影響不尠点に貴下の御迷惑を考慮し十分慎重なる態度を以て臨み度に付貴下の釈明をも参考に致し度く依って来る一月五日迄に何分の御書面相煩度得貴意候也昭和弐拾参年拾弐月参拾壱日、北宇和郡泉村出目高田克六方玉上勝則、宇和島市御殿町員外一、元川茂殿」と複写し、以て同人をして釈明しなければ脱税に対する第三者申告を為し且つ新聞紙上に掲載して刑事処分をも受けしむべく依って同人の自由、名誉、財産に対し害を加るべきことを暗示し暗に之が揉消しのため相当額の金円を提供すべき旨の脅迫文三通を作成し、即日宇和島郵便局から内一通を書留内容証明郵便として元川茂宛郵送翌昭和二四年一月一日同人をして受領畏怖せしめ」たものである、との記載があり、そして右起訴状に記載された右郵送脅迫書翰の記載は後に第一審公判廷に証拠として提出された郵送書翰(押収の証一号手紙一通)の記載と殆んど同様のものであること、しかし記載形式は両者互いに異っていることを認めることができる。

一般に、起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添付し、又はその内容を引用してはならないこと刑訴二五六条六項の明定するところであるから、本件起訴状において郵送脅迫書翰の記載内容を表示するには例えば第一審判決事実認定の部においてなされているように少しでもこれを要約して摘記すべきである。しかし、起訴状には訴因を明示して公訴事実を記載すべく、訴因を明示するにはできる限り犯罪の方法をも特定して記載しなければならないことも刑訴二五六条の規定するところであり、そして起訴状における公訴事実の記載は具体的になすべく、恐喝罪においては、被告人が財物の交付を受ける意図をもって他人に対し害を加えるべきことの通告をした事実は犯罪構成事実に属するから、具体的にこれを記載しなければならないことはいうまでもない。本件公訴事実によればいわゆる郵送脅迫文書は加害の通告の主要な方法であるとみられるのに、その趣旨は婉曲暗示的であって、被告人の右書状郵送が財産的利得の意図からの加害の通告に当るか或は単に平穏な社交的質問書に過ぎないかは主としてその書翰の記載内容の解釈によって判定されるという微妙な関係のあることを窺うことができる。かような関係があって、起訴状に脅迫文書の内容を具体的に真実に適合するように要約摘示しても相当詳細にわたるのでなければその文書の趣旨が判明し難いような場合には、起訴状に脅迫文書の全文と殆んど同様の記載をしたとしても、それは要約摘示と大差なく、被告人の防御に実質的な不利益を生ずる虞もなく、刑訴二五六条六項に従い「裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物の内容を引用し」たものとして起訴を無効ならしめるものと解すべきではない。されば原審が本上告趣意と同旨の控訴趣意を原判示のように排斥したのは結局相当である。この点についても、同弁護人の論旨は違憲をいい、被告人本人の論旨は判例違反をいうが、いずれも右記載が裁判官に予断を生ぜしめる虞のあることを前提とするから上記の理由により前提を欠くものというべく、また引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、論旨はすべて採用できない。

同弁護人の上告趣意第二点について。

所論は、判例違反をいうけれども、本件起訴状中前点論旨引用の経歴等並びに書状内容の記載が裁判官に予断を生ぜしめる虞のある事項の記載であるとの主張を前提とするものであって、この主張の理由のないこと前点説示のとおりであるから、論旨は前提を欠き採用できない。

また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって刑訴四〇八条、一八一条により裁判官垂水克己の補足意見、同小林俊三の少数意見あるほか、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官垂水克己、裁判官小林俊三の意見は次のとおりである。

裁判官垂水克己の第一点についての補足意見は次のとおりである。

起訴状に犯罪構成事実に属しない被告人の前科を記載し或は一般犯罪につき犯罪手段などの証拠を添付若くは引用することは刑訴二五六条六項に違反すること疑を容れない。ただ本件のような短かい書翰が具体的犯罪行為の最も主要な手段方法となっており殆んどこれが犯罪成否の岐れ目と考えられ、下手に書翰内容を要約するときは事実に副わない記載となる虞があり、書翰内容中多少の字句を削除しただけで書翰の要旨というを妨げない関係であって、書翰内容の殆んど全文と右要旨とは大同少異であるとみられる特殊の場合においては、刑訴二五六条六項にいう予断を生ぜしめる虞ある内容引用というに足りない、といってよい、と考える。(なお、私は、同条項にいう「予断」とは有罪無罪若くは量刑の判断をするについて「被告人に不利益な予断」を指すといい得る余地があるのではないかの疑を持つ。)本件起訴状が無効であってこれに基いては無罪や免訴の判決もできないとは思わない。

アメリカでは多くの州で印刷または手記された書面が犯罪の一部若くは基礎をなし、或は脅迫状の場合のように書面が犯罪の内容をなしその解釈が犯罪成否の鍵をなすときは書面を起訴状に記載しなければならない、その記載は書面中の犯罪に関係ある部分のみで充分であって一字一句記載する必要はないが、記載する以上は正確に記載すべく起訴状における主張と証明との間の重要な不一致は致命的とされる、また、起訴状には公訴事実を立証する証拠を記載することは必要なく、また適当でないとされるが、かような証拠に属する事項を不必要に記載しても起訴状の効力を害しないとされる、という(なおニューヨーク州刑訴法二八四条参照)。尤ものことと思われる。

もちろん私は名誉毀損文書や猥褻文書が数頁、数十頁にわたる場合にこれを起訴状に記載若くは添付するようなことは一般に違法と考える。これが公廷での起訴状の朗読、判例集への掲載は非難されるべきであろう。

裁判官小林俊三の少数意見は次のとおりである。

私は、起訴状の記載に関する多数意見の見解に全く賛同できない。その理由として三つの点を挙げたい。

その一として本件起訴状の記載は、刑訴二五六条六項の規定に明らかに違反する。すなわち本件起訴状には、被告人が昭和二三年一二月三一日附をもって被害者元川茂宛に郵送した内容証明郵便の内容をそのまま引用している(しかも差出の年月日、差出人の住所氏名、受取人の住所氏名を原本の体裁のとおり記載し、差出人名下に「印」受取人名下に「殿」まで加えている。)かかる引用は、右同条六項の「……又はその内容を引用してはならない」という規定の文言そのものに違反すること明白である。

その二としてかかる引用をすることが、多数意見の説示するように必要であるかどうかの点からいっても全く理由がない。本件起訴の罪名は恐喝であり、引用の内容証明郵便はその手段である。それで公訴事実としては、右書面の関係部分は、被害者宛判示年月日附の内容証明郵便をもって判示のような趣旨を記載した書面を郵送し、それが何月何日被害者に到達し、同人をして受領畏怖せしめ……云々と記載すれば足りるのであって、起訴状のように正確な引用をする必要は少しもない。また多数意見は、第三小法廷の判例を引用しているが、同判例の要点は「起訴状に記載された事実が、その訴因を明示するため……被告人の行為が罪名として記載された罰条にあたる所以を明らかにするため必要であるときは、その記載は刑訴二五六条六項に違反しない」というのである。本件起訴状が、右内容証明郵便の内容をそのまま原本の写のように引用していることをもって、多数意見はなおかつ右判例のいう「必要」に当ると解するであろうか。その趣旨を理解することができない。のみならず、刑訴二五六条六項の趣旨については当裁判所大法廷は明らかな判例を示している(昭和二五年(あ)第一〇八九号同二七年三月五日判決、集六巻三号三五一頁以下)。多数意見は右大法廷判例を挙げていない。しかもこの判例の趣旨に徴すれば、本件起訴状のような引用の是認できないことは明かである。

その三として、本件起訴状における内容証明郵便の内容引用は、引用という観念を越え、むしろ原本の写に近いものである。このような引用がなお許されるとすれば、刑訴二九二条の「証拠調は第二九一条の手続が終った後これを行う」という規定は無意義に帰するおそれがある。この点においても本件起訴状の記載は違法であると考える。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三)

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